かつてフーテンの寅さんが啖呵売をした急勾配の神社の石段の前を通り過ぎ、美味い鯉が食える清水の滝方面にハンドルを切る。
橋の先、温泉の看板に気を取られつつ、さて、と前方に戻した視界の右に銅色の壁と――日除け幕?
七田に、岩の蔵。「名水と蛍の里に銘酒あり」の天山酒造の銘酒の名に惹かれてUターン。
表にひらひらと紺碧の暖簾。白く染め抜かれた「酒舗 彩」。腰壁の黒板には、今日の日付と時間、酒の銘柄。どうやら酒屋らしい。
「お気軽にどうぞ」という文字に甘えて愛車――鉄カブ90を停め、暖簾をくぐる。
ごめんくださいと声をかけると、右手の方から「いらっしゃい」と若い声。
カウンタのなかにいた、がっちりとした体格の笑顔の青年に軽く会釈をし、仄暗い店のなかを見渡す。
窓のない二面の壁に酒瓶の列。おお、七田がたくさん並んでいる。一通りありそうだ。瓶に顔を寄せる。空瓶か。
「日本酒は冷蔵庫にあります」
笑顔が本当に良い青年に頷いて、訊ねる。
「後口がすっきりした、やさしい酒が好きなんだ。見繕ってくれるかな?」
「そうですね――」
笑顔から真摯な顔つきへ。
ああ、これは期待できそうだ。
古賀 隆(こが たかし)
1957年(昭和32年)佐賀県生まれ。民間企業を定年後、帰郷。
趣味は地域探索、そして、ちょっと良いもの探し。